今日の関門海峡:今日もまた淡々と今を生きる シニアのブログ 

Pages

About

  • あるかぽーとより関門橋

    東側には観覧車、唐戸市場そして関門橋

  • 壇ノ浦よりの関門橋

    壇ノ浦漁港より見える関門橋

  • 火の山よりの関門橋

    火の山より行き交う船と夜景.

  • 和布刈り第2展望台

    和布刈り展望台よりの関門橋夜景です

  • 赤間神宮

    壇ノ浦の戦いでなくなった安徳天皇を祀ってあるある赤間神宮の水天門です

今日は北浦の港めぐりから粟野川遡行

今日は時間が取れたので北浦街道を北上し、途中の入り江の漁港めぐりで粟野まで行き、そこから粟野川を遡り豊田まで行く予定で一人で家を出た。家を出る時はサングラスをするほどだったのに北に行くにつれて曇りとなり最後は雨に降られた。最初は矢玉の漁港、何もない。次は和久、ここは入り口が見いだせず通過。同じ和久でも道の駅の下に行った。しかし遠くに角島大橋が見えるだけで特別ない。ちょっと道の駅に寄って粟野のだるま堂の青海苔羊羹を買う。本店は火曜日が定休日なのでここならあるだろうと思って正解だった。
和久の次は特牛(こっとい)。ここはイカで有名だが港に入るのは初めて。やはり昼なので人は少ないが、イカ釣り船が出港したり、市場ではトラックの運転手さんらがスチロール箱を動かしていた。もしかしたらその中身はイカだったかも。画像は特牛の魚市場。
初めて見るイカ釣り漁船。夜間に煌々と光を照らすイカの集魚灯。前の赤い回転ロールで釣ったイカを針から自動的に回収するもの。ああこれなんだと思う。今年はイカが不漁だとか? どの種類だろうか。
特牛市場でのイカ釣り漁船。
特牛の次は肥中、これも侵入口がわからず。次は神田小学校の近く、ここはキャンプ場との標識があったが、港ではないと判断したため通過。そしたら他に入り口がなく諦めた。角島大橋を左に見て駐車場を通過、島戸に向かう。画像は島戸漁港。ここものんびりしたところだがやはり何もない。阿川ほうせんぐり公園で左奥を見たら阿川漁港らしいのが見えたが、面倒になり通過。
そして走ったら粟野についた。この画像はJR山陰線粟野川橋梁。ここは前回「瑞風」の写真を考えた時の候補地。この画像の上を走る瑞風を撮りたかった。上りは左から来るのでここでは下りがいい。
ここまで来たので北上は中止し、この川「粟野川」の上流を目指して進む。この後強烈なにわか雨に降られる。
粟野川の沈下橋。上流に向かう途中で沈下橋を見つけた。この地方では珍しいのではないか。この後、道路が工事中で迂回の指示が出され川を辿れなくなった。やがてどこを走っているのかわからなくなり、やっと国道435号に出た。やがて川と合流し予定通りとなった。
途中殿居の旧郵便局を外から眺めた。ここは何回も通過したことがあるが止まったのは初めて。左カーブで気が付くと通過しているので戻りたくなかったため。大正12年に地元の大工さんによって建てられた洋風の郵便局で有形文化財だそうです。
その後源流に近い方へ向かい細い道を走ったが、諦めて八道で国道に合流して終了。細い道をよく走るのだが、一番困るのが行きどまりで転回できるかどうか。
前回も段差から落ちて戻るのに苦労した。軽トラが欲しい。
帰りは、いつもの約束の西市のJAの直売所でナシを買った後、汗を流し帰宅。
青空が無かった分、暑さは少しは和らいだが写真はダメだった。
Share:

今日の関門海峡 伊崎地区から彦島水門

今週は木曜日にまた前月と同じく体に悪い症状が出た。体育館どころではなく、何も動けずに1日体調不良のまま。前回の時の処方薬を飲むのだが実効は?と言うより時間が解決するみたい。きっと頭の中の配線がこんがらがったのだろう。昨日は車で家を出る時渋滞。いつものトンネルにも行けず遠回りしてやっと目的地に着いた。原因は九州道の事故で高速の関門橋が通行止めになり、九州行き車両が2号線に集中し関門トンネルで渋滞しその影響が市内に現れた。今日、ガソリンを入れに行った時も九州方面に向かうトンネルが混んでいた。日曜日でも昼間はこんなことがなかったのだが。
ガソリンを入れた後ちょっと車で散歩。金毘羅宮へ行くつもりだったが入り口がわからず、公園へ、そこは海も見えず失敗した。その後駅の西の伊崎地区へ。
この画像の左が本州、緑色になっている山が彦島。この海が島と本州を隔てる海峡となっている。ちょうど下関駅の西側にあたり下関漁港となる。
この画像はこの奥にある「赤間神宮小門御旅所 おどおたびしょ」。壇ノ浦で入水された安徳天皇が西に流されて、この地の漁師によって安徳天皇のご遺体が引き上げられ、御陵ができるまで一先ず安置されたという場所。
伊崎地区の一番奥は造船所になっている。この画像では見にくいがこの海峡の右奥延長が響灘となり、彦島大橋がかかっている。ここは小瀬戸と呼ばれている。
この海を駅側に戻って一番南に彦島水門がある。関門海峡の大瀬戸と小瀬戸(下関漁港)の間の水位を調整しながら小型船を通過させる閘門(こうもん、パナマ式運河と同じ)が昭和11年9月に完成したそうです。水門は2つありその中間を水門橋が通っている。この堰で水位調整するようです。
この閘門の横に水門橋がある。これは昭和57年12月に完成した、自動車を閘門を越えて渡す橋です。この水門橋は小型船が閘門を通過しない時に下がって自動車が横断出来る。
実は私も通過したのは今回が初めてで、ここは1日4回しか通行できないので今日はラッキーと言ったところ。いつもは橋が上がっていて、13:50--15:00とかの通過可能時間の表示看板がある。
1日4回の車両通行でも、船側はこの写真のようにこんなに狭い水路である。通過する漁船は幅が数メートルのもので、よく話題になる捕鯨船など大型の漁船は北側を航行して響灘にでるしかない。もともと駅の西のこの水路はもっと広くて近年、駅側から西にずっと埋め立てられて現在の最小幅になったようです。瀬戸内海側と日本海側の水位差が大きく海流が早くて小さな船が通行しにくかったのだろう。
Share:

今日の関門海峡 壇ノ浦周辺

暑いと言いながら明け方は少しづつ涼しくなっているので、屋根や壁の熱放出容量が下がったためか、エアコンを使用しないで過ごせるようになった。やはりお盆を過ぎればそれなりに落ち着くものだと思う。昼は仕方ないにしても夜だけはね。
昨日、今日と当地では馬関まつりが開催されていたが今年は行く気になれなかった。3時過ぎに空をみたら秋の雲らしきものが出ていたので壇ノ浦に出かけてみた。祭りに合わせて、あるかぽーとの岸壁にも自衛艦2隻が入港して一般公開されていたがこちらは行かなかった。
高速の壇ノ浦PAから壇ノ浦地区を歩いて赤間神宮、唐戸市場まで。
この画像はPA近くより。
出かけるときはもっと白い雲が多くて、こんなイメージで関門橋を撮りたかったのだが残念ながら雲がなくなっていた。
途中の建物の駐車場の明り取りの空間より外を見ると額縁のように海と橋が広がっている。
一方こちらも駐車場の空間から門司港の街を望む。
Share:

今日はJリーグ観戦

今日は暑さが戻って暑かったが、久しぶりにJリーグの試合の観戦に小倉のミクニワ-ルドスタジアムに出かけた。当地でJリーグはJ2のレノファの試合が年に2回だけで、他はないので小倉のJ3ギラヴァンツの試合を見に行くことになる。よほどの事がないと山口の維新競技場まで行けない。今日の試合は北九州対藤枝。この球技場は今回で2回目だが、ナイトゲームは初めてであった。試合開始の18時の予定に合わせて出かけた。小倉駅から歩いて行けるのがいいところ。車では駐車場が大変なので当然電車にする。
試合開始直後のグラウンドの様子。18時だからまだ日が残り青空が見えている。
これが噂のバックスタンド側、外の海。右上の白い部分がバックスタンドの上部。ここにはボール拾い専用の船がスタンバイしている。今日も試合中、クリアーしたボールがバックスタンドを超えて海に落下と言うことがあった。観客もその時は楽しい歓声を上げていた。
今日のギラヴァンツ側のゴール裏の様子。今日の入場者数は3800人程度。私はこの反対側のゴール裏のホームエリアで観戦。Cの自由席シニアというのがあり¥1500だった。ここは本当に臨場感あふれるところだ。試合開始前のシュート練習で何本ものシュートが枠を外れ観客席に飛び込む。やはりプロだからそのスピードも速くて観客はびっくり。年寄子供はこの練習中は離れていた方がよいだろうと思えるくらいだ。それでもシュートの時、足の位置の確認とボールの曲がり具合を確認している何十年も前の元GKの自分がいる。
今日の試合は黄色のユニフォームのギラヴァンツと白の藤枝MYFC。両方ともなかなか点が入らなかったが、後半この場面で藤枝が押し込む。これが決勝点となり1:0で藤枝が勝利。見ていると藤枝の右サイドからの攻撃がよかったみたい。なんだかんだと言いながらそっと藤枝の応援をしていた自分がいた。
得点掲示板はメインスタンドの上にあった。
今日一番うれしかったのは、この写真の人を見かけたこと。多分若い人は知らないだろうな。そう、清水エスパルスの全盛期の時の守護神、シジマールだ。こんな元気な姿を見るとうれしいものだ。現在藤枝MYFCのゴールキーパーコーチをやっているようだ。これだけで今日観戦に行った価値を見出した。
Share:

Translate

自己紹介

自分の写真
団塊世代のシニアです。静岡に生まれ,育ちましたが、その後千葉に40年以上も住んで、千葉と東京で働き、2011年に本州の西端に流れ着きました。毎日の散歩道が壇ノ浦周辺ですので海峡近辺の様子を時々書きます。どんな行事があったのか、どんな花が咲いていたのか・・と後で振り返るための私自身のLogです。

I am a retired one of Baby-boomer generation. Born in Shizuoka City and grown up there. After leaving hometown I lived in Chiba and worked in Tokyo area more than 40 years. After retirement I moved to the western end of Japan's main island of Honshu in 2011.

人気の投稿

ブログ アーカイブ

ページビューの合計

作者にメール

名前

メール *

メッセージ *