今日の関門海峡:今日もまた淡々と今を生きる シニアのブログ 

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今日の関門海峡 今年も住吉神社の御田植祭(2015)  写真6枚

今年もカメラを持って住吉神社の御田植え祭へ出掛けてみた。早い時間に行ったのだが駐車場が意外と混んでいて北側の駐車場で一回りしてからやっと空きを見つけた。上の本殿での祭事の時は日差しが出て暑かったが、全般に空が曇って日差しが少し弱かったので写真には良かったかもしれない。大勢のグループのカメラマンが来ていた。


また今年も同じ場所。同じシーン。狙っているのは日傘の上に緑のもみじの葉の影が落ち朱色の上に黒い模様となるとき。日差しが強ければもう少し傘を傾けたかもしれない。
同じ場所を選択するのは、モミジの新緑の色、門の朱色、行列の服装の色。これらがここで対比できるから。
今年はこの写真が精一杯。


本殿への参拝が済んで神田に向かうところ。田んぼの水面に影が投影されるのでこのタイミング。行列の先頭や前ではなく中盤の早乙女。彼女たちは分担が分かれていて赤と白の服装が違う。この両方を一緒に。


こちらは神田に向かう列の階段を下るとき。右手の水色の手甲の線が1列になっているもの。
こちらは初めての時、コンテストに応募して表彰して貰ったものと似通った構図。


本殿で奉納された弓の踊り。


神田では踊りの奉納の後、牛を入れて代掻き、その後早乙女が植え始める。この植えている場所までは少し距離があるのと、竹の柵、そしてその上約2m上にしでを挟んだ注連縄がめぐらされており200ミリでは丁度邪魔になる。


標準や広角を持っていなかったのでこれが田植えの全景。鯉のぼりが舞う、新緑の背景です。
地域の農業祭の一環に加えられたとのことでもあるので、地元の総理大臣の他農林水産大臣等の代理挨拶や祝電が披露されていた。


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今日はプランターのいちご  写真3枚

今年もプランターに植えたいちごが赤い実をつけている。近頃いちごは冬の果物という感覚だが路地では春から初夏。小さなプランターに昨年の夏を越えさせたいちごが元気に育った。
練乳なしで感謝して味わう。


十分な手入れがされていないのでちょっと痛んだものもあるが、つるがプランターよりつる下がっているからちょうど良いかも知れない。


このプランターに3株。葉は元気に育っている。花は最初上に向かって咲いている。また一部では実のへたの部分がピンク色になっている。


もうひとつの仕事はグリーンカーテンの準備。今年はゴーヤをやめて風船かずらを主体とした。先に種から育てた苗を大きなプランターに入れ、その上に網を組み立てた。取敢えず15株ほどを入れて様子を見る。他には朝顔の種があったのでこれも育てて一緒にした。つる性のものを並べて様子を見ることとする。
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ちょっと遠出 台北へ(2) 基隆から台北市内 写真13枚

九分から台北に戻るのを止めて、基隆へのバスに乗った。これがすごい曲者。山道や痛んだ道路をかなりのスピードで走り、気持ち悪くなったほど。日本の運転、停留所案内など比べ物にならない。


基隆は一番北の天然の良港。日本との交易も盛んだった港町。ちょっと先が石垣島なのだ。この港も観光拠点になっていて大桟橋にはクルーズ船のダイヤモンド プリンセスが寄航していた。そう言えば十分での風船上げでクルーズ万歳とかを書き込んでいた日本人観光客がいた。たぶんこの船の客だろう。


この港も、ウッドデッキの散歩道がきれいだった。唐戸と比べ広い。


下町を歩いているとお寺を見つけた。この地方の寺は金ぴか。


花や果物の供え物。


街中の夜市通りの様子。多分この中央通路にも屋台が出るだろう。歩道に見えるのも屋台。営業は夜なので丁度仕込み中。



これは慶安宮


これは龍。和布刈では手水の水口が龍であったが、ここでは長い線香台の飾りだった。


こちらは台北の龍山寺。訪問時は祭りか儀式か判らなかったが、大勢の人がいた。大勢の人の読経には驚くばかり。写真撮影のOKは確認したが、宗教が違うと見る目も違うのであまり行くべきでないかも。


夕方空が明るくなって雲が晴れたので、もしやと思って台北101の展望台に昇る。ここはドバイに抜かれるまで世界一高かったビル。屋外の展望スペースもあった。


市内を散歩と買い物中に中正記念堂を見学。丁度中では衛兵が交代儀式中であった。
中正記念堂とは蒋介石を称えて建てられたものだそうだ。なぜか個人の像は無かったが、ワシントンDCの記念館に似ている。


中正記念堂は大きな施設でこの写真の左右の音楽芸術の建物と、撮影場所本体の記念堂がある。

記念堂の東側の出口。街中はきれいで日本の三越、そごうもあり何も変わらない。地下鉄(MRT)も便利で何回も利用。切符はJRスイカと同じ、EASY CARDを使用したから、十分、九分、基隆のバスも全てこのカードで乗り降りに使用。500元チャージしても帰りに残りを払い戻ししたら、200元近く残っていた。


匂いがきつくて食べる気にはなれなかったが、ある夜市の様子。前回士林にも行ったが今回も士林をはじめあちこち行ってみた。
最初の食事は日本からレストランを予約して、蟹のおこわ、豚の角煮、ハマグリのスープ、野菜は空芯采などを食べたが、豚など一口目はいいが次には油が多くて食べられない。
他きれいなレストランで、少包、肉まん、チャーハンなど。味が薄いとおいしく感じられ、濃いとダメ、小龍包もたれの酢がだめ。一般食堂の牛肉面、牛肉飯、バイキング形式で選べる料理など。

バイクの列、赤信号で待つのは我々だけ、だが旅行者には親切な町、これらの町をバイタリティに富んで活気があると見るか乱雑な汚れた町とみるか。でも本土と比べ恐怖心はなく安全に感じられた。
旅行で欧米以外アジアは上海、マカオ、釜山、台湾と行ったけれどやはり日本が一番いい。
日本人でよかったといつも感じる。


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ちょっと遠出 台北へ(1) 十分から九分 写真12枚

連休明けの金曜日の夜、元勤務先のOB会が新宿で開かれるのでその案内があったが、その前後に友人とのアポイントが会わず、今年も不参加とした。その代わり急に台北旅行を決定。予約支払いまで全てネットで処理。他に個人の旅行保険の申し込みと1箇所のレストランをネットで予約。

旅行会社より送られてきたのは便名、空港集合時間、場所、宿泊ホテル名の行程表。今回出発日と帰国日の送迎を除き、中2日間の完全自由行動。私の台湾旅行は2回目、特別な心配はしていないし予定もそれほどきちんと立てない。


1日目、動物園から猫空ロープウエー、木柵からバスで十分へ、そこから列車で瑞芳へ、瑞芳からバスで九分へ、帰りは瑞芳から電車にしようか、直接バスにしようか? そんな計画。
台風の来襲予定もあり2日目にするか考えたが、小雨の中を出発。先ずMRT動物園の出口改札で猫空ロープウェーが年1回の定期点検の為運転中止の看板を発見。変更を余儀なくされる。改札を出ないまま、MRTで木柵まで戻り、木柵-平渓線のバスへ。約1時間ほどで十分の滝近くまで行く。
当然中国語のバス停名は聞き取れないし、表示されるバス停名もすぐ近くて変更されるので追い付かない。いつもの旅の知恵、メモ筆談となる。駅でもよいのだが滝の往復では疲れるので、行けるところまで行って戻るために、今回は「十分瀑布」である。十分駅、十分老街を過ぎて無事到着。


この写真が十分瀑布。水煙がたちかなりの迫力。展望台までの順路は整備されて安心だが、階段や坂道が多く苦しくなるほど。


十分観光の拠点・・・と言っても線路の両脇。


この写真に見える黄色、ピンクの風船の表面に毛筆で願いを書いて、熱気球のごとく、内部の空気を暖め、軽くなった空気で上昇する。どうもこの風船は回収して再利用しているようだ。
祭りにはまとめて揚げるが、観光用には個別に楊げる。


この写真には上昇中の風船がひとつ。この線路は実運転に使用されているので、列車が通過するときは人は左右に退避する。それは心得たもので列車ものんびり。



十分から瑞芳まで乗った気動車。時刻表は1時間に1本。平渓線は川に沿った観光線路。


九分といえばこの茶店。「線と千尋の神隠し」のイメージとか。実際にこの店の左側の窓辺で茶をいただく。台湾の茶は小さな茶碗に何杯でも飲む方式。香りがいいでしょうと言われるが、日本茶のイメージと比べてしまう。
この写真は誰かが連れて来たモデル?を横からちょこっと撮影。


元炭鉱町と言われる九分の観光通路。ここ九分の訪問は2回目。そういえば前回も雨だった。


アイスクリーム、麺などの店も。


この狭い通路にお土産の品々が販売されている。
この写真の右上に中国圏特有の家のつくりが見える。上海でもマカオ、台湾の一般民家や4-5階建てのアパートでも見られる窓に網や格子を取り付けられた様子。住民の落下防止かと思っていたが、泥棒の侵入よけらしい。火事になったら逃げられないし、アパートの34階でも壁を登って侵入するんだろうか?


牛肉麺を食べた店。屋台やこんな店では食べられない人はきっと住めないだろうな。正直食べるには安心できるか?と判断する勇気が必要。


九分の上部から見た東の海岸。この写真の左下が九分の下り用のバス停。

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自己紹介

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団塊世代のシニアです。静岡に生まれ,育ちましたが、その後千葉に40年以上も住んで、千葉と東京で働き、2011年に本州の西端に流れ着きました。毎日の散歩道が壇ノ浦周辺ですので海峡近辺の様子を時々書きます。どんな行事があったのか、どんな花が咲いていたのか・・と後で振り返るための私自身のLogです。

I am a retired one of Baby-boomer generation. Born in Shizuoka City and grown up there. After leaving hometown I lived in Chiba and worked in Tokyo area more than 40 years. After retirement I moved to the western end of Japan's main island of Honshu in 2011.

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